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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1205号 判決

控訴人(原告)

山下計男

被控訴人(被告)

後藤妙子

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、六〇一万九五七六円及びこれに対する昭和六〇年七月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ補助参加の分を含めて、これを一〇分し、その一を被控訴人と補助参加人の、その余を控訴人の、各負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し八〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求を減縮した。)。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。但し原判決二枚目裏三行目「被告車」とあるのを「被害車」と訂正する。

一  補助参加人において

控訴人は本件事故により頭部外傷、頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を受けたと主張する。しかし、右傷害は、或る程度の衝撃加速を受け、その結果頸部に過伸展、過屈曲による靱帯部の過伸展と亀裂によつて生ずるものであるといわれている。ところで、本件衝突による衝撃加速度は、約〇・八二g程度の無傷限界内のものであるから過伸展が生ぜず、右傷害を負う筈がなく、本件事故と傷害との間に因果関係がない。

二  被控訴人において

被控訴人は控訴人に対し、別紙弁済表記載(以下「別表」という。)の金額を、その記載の日にその記載名義人に支払つた。

三  控訴人

右別表中、伊藤整形外科に支払つた医療費は、控訴人が本件において請求していない分である。その余の支払がなされたことは認める。右支払分は控訴人の本訴請求が一部請求であるから、本訴の請求には何らの影響を及ぼさない。

第三証拠関係

原審及び当審における書証目録、証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因一項1ないし5(事故の発生)及び二項(責任原因)の各事実は当事者間に争いがないから、被控訴人は控訴人に対し、本件事故により控訴人に損害が生じたときはこれを賠償すべき責任がある。

二  まず、本件事故による衝突の程度につき判断する。

1  右争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証、第二六号証、乙第一ないし第五号証、第七号証、原審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第一二号証の一ないし四、原審証人山下初子の証言、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は、昭和六〇年七月二日午後七時三〇分ころ、静岡県浜松市蜆塚三丁目五番二号先路上(当時、小雨が降つていて路面は濡れていた。)において、塾に行つている子供を迎えるため加害車(オートマチツク車)に乗車して待機していたところ、子供が乗車してきたので加害車を発進させようとしたが、加害車の直前に他車が駐車していたことから、ハンドルを切つて発進するのに必要な間隔をとるため、ブレーキペダルを踏んでサイドブレーキを降ろしてからシフトレバーを「P」(駐車)から「R」(後退)に切り替え、ブレーキペダルから足を漸次離しながら漫然(子供と話をしていて後は見ていなかつた)と後退した際、約二、三メートル後方にブレーキをかけて同じく子供を迎えに来ていた控訴人の被害車両に気づかず、加害車両の後部バンパーを被害車両の前部バンパーに衝突させ、車両は接触した状態で停止したこと、被控訴人及び加害車両に同乗していた子供らには負傷はなく、被害車両に乗車していた控訴人は「ひどいことをしやがる」と言つて車から降りて来たが、体の異常について特に述べることはなかつたこと、両車両とも外形上は明確な破損は窺われなかつたが、控訴人が被害車両の内側やバンパーが損傷している可能性がある旨を申し立てたことから、被控訴人は、もし被害車両に損傷箇所があれば修理費用を負担する旨を述べ、控訴人もこれを了承して各々帰宅したこと、そして、被控訴人が控訴人側に対し同月九日ころ本件事故を警察に申告すべき旨を申し入れたところ、控訴人側は、二、三日待つてほしい旨を述べたこと、その後、被控訴人は控訴人との紛争を恐れて同月一二日警察署に対し、本件事故を申告し、同月一五日に至つて控訴人及び被控訴人が立会いのうえ、警察官による実況見分が本件事故現場において行われたこと、被控訴人は、昭和六〇年一〇月浜松簡易裁判所において、本件事故により控訴人に対し外傷性頸部症候群等の傷害を負わせたとして罰金刑の言渡を受け、確定したこと、が認められ、甲第三四号証の二、前掲証人山下初子の証言及び控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第二九号証、第三三二号証(いずれも後記不採用の部分を除く)、乙第一一号証、第一三号証、第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一九号証、第二五号証、原審証人河村成美の証言により本件事故後修理前に加害車両の全体又は一部を撮影した写真であると認められる乙第一四号証の一、二、六ないし一六、同証人の証言により本件事故後修理前に被害車両の全体又は一部を撮影した写真であると認められる同号証の三ないし五、一七ないし三五、右証人の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、

(1)  本件加害車両にはバンパー取付け金具であるステイに軽微な変形があるものの、バンパー表面には本件事故による明確な衝突痕や歪みがないうえ、バンパーが車体本体に向けて押し込まれた形跡もなく、ステイを取り付ける車体の穴部分等にも異常がないこと、他方、被害車両には、フロントバンパー左側表面の一部分に軽微な変形があるものの、バンパーが本体に向けて押し込まれた形跡はなく、シヨツクアブソーバー・リンホースメント(バンパーの取付け金具)、ステイ等その他の部分にも変形等の異常はなく、本件事故後になされた実況見分においても外形上車両破損の痕跡等を窺い知ることができなかつたこと。

(2)  一般に、自動車同士の衝突事故において、衝突時の速度が時速一〇キロメートルを超過すれば、衝突による変形がバンパーの凹痕や後退に留まらず自動車本体に達し、時速が約二〇キロメートルを超過すれば、凹痕がエンジンルームに達するとされていること。

(3)  仮りに、加害車両の衝突時の時速を約一一キロメートルと仮定した場合に、被害車両に生じる衝撃加速度は約〇・八二gであることが認められ、甲第二四号証の一、二、第二五号証、第二九号証、第三四号証の一、二、第二九二号証、第三三二号証、前掲証人山下初子の証言、控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定した事実に、前記説示の加害車両がオートマチツク車特有のクリープ現象を利用して約二、三メートル後退したに過ぎない段階で被害車両に衝突したものであることを併せ考えると、加害車両の本件衝突時の推定速度は時速数キロメートルであつたこと、そうとすれば被害車両に生じた衝撃加速度は右〇・八二gよりも下廻るものであつたと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。

3  前掲乙第一一号証、成立に争いのない乙第一〇号証、本件事故当時の被害車両における控訴人の乗車姿勢を撮影した写真であることに争いのない甲第三〇号証の五ないし八、前掲控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は子供の帰りを待機中、被害車両内において、シートベルトを装着しないで、右足の靴を脱いで右膝部を曲げて伸ばしていた左大腿の下につま先を入れて、両腕を前側で組んで前屈気味となり、頭をやや右に傾けて左側の窓ガラスの方向を向いて運転席に座つていたこと、江守一郎教授の他の事件での鑑定書によると、衝突により乗員はシートベルトによつて固定されていない限り慣性によつて車両と相対的に運動し、二次的な衝撃を受ける。正面衝突すれば乗員は車両に対して相対的に前方に移動する。実験結果によると、椅子を後部から急激に加速した場合椅子に坐らせた人体は頸部を弛緩させた(緊張させない)場合においては、予め身構えて頸部を緊張させた場合よりも頭部の回転角は大きくなる。衝突された乗員は頭部や胸部が腰部より二次的衝撃が大きいとしていること、一方、技術士林洋の鑑定書によると、仮に本件加害車両の速度を時速一一キロメートルとしシートベルトを装着しない場合の身体は衝撃により全体的に前方へ動かされるが、移動する抵抗をゼロとしても前方への移動距離は一六センチメートルであるとしているが、この測定は両足を前に突つ張つた状態で坐つていることを想定したものであること、が認められる。以上認定の事情を勘案すると、控訴人は前記認定のように不安定な姿勢で被害車に乗車していたのであるから、両足を床につけてシヨツク時には両足を突つ張れる状態で衝撃を受けた場合に比して、より少ない衝撃加速時でも二次衝撃を受ける可能性があつたことを推認することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。なお、控訴人は前頭部をハンドル等にぶつけたとして、控訴人がハンドルに頭部を激突させたことを再現した写真であることに争いのない甲第三〇号証の九、一〇、前掲控訴人本人尋問の結果を挙げるが、右証拠は前掲甲第一二号証の一、二、当審証人伊藤力の証言に照らしてにわかに採用し難い。(しかし、そうだからといつて、控訴人に二次衝撃による頭部外傷があつたことを否定するものでないこと勿論である。)。

三  次に、控訴人の受傷の有無、程度につき判断する。

成立に争いのない甲第三五ないし第三七号証、第四〇号証、第四一、第四二号証の各一、二、第二九一号証、第二九三号証、第三三三号証(原本の存在とも)、第三三五号証、乙第二一ないし第二四号証(原本の存在とも)丙第三ないし第五号証、第七ないし第一〇号証、当審証人小池憲二の証言により真正に成立したものと認められる甲第三三四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証、第八号証の一ないし三、第一〇号証、第一二号証の一ないし三、第一五号証、第二七号証の一、二、第二八号証、第三一号証、第三二号証、第三四号証の一、二(後記不採用の部分を除く。)、第三八号証、第三九号証、第二九二号証(後記不採用の部分を除く)、弁論の全趣旨により控訴人のレントゲン写真であることが認められる乙第一六号証の一ないし八、第一七号証の一、二、前掲証人伊藤力、当審証人小池憲二の各証言、前掲証人山下初子の証言(後記不採用の部分を除く)、前掲控訴人本人尋問の結果(後記不採用の部分を除く)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する右不採用の書証及び人証部分及び原審における被控訴人本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして採用しない。

1  控訴人は本件衝突により一瞬目の前が暗くなり、体は運転席と助手席の間にひつくり返つたが、被控訴人にドアをたたかれて自ら降車し、被控訴人と車の破損弁償について簡単に交渉した後、被害車両を運転して帰宅したが、途中、気分が悪くなり平素の二倍の時間を要して午後九時ころ帰宅した。控訴人は、帰るなり頭と腰が痛い、身体がしびれるみたいだと言つて氷枕をして横になつた。夜中には気分が悪くて一回嘔吐し、頸部が回らず頭部に激痛が走り、耳鳴りがする等の症状があつた。控訴人は翌日から同月一五日まで気分が悪くて朝一時間程度出勤して帰宅していた。被控訴人には昭和六〇年七月一三日の朝になつて「車の修理は勿論だが、首、腰が痛く手がしびれてきたから医者に行かなければならないが仕事ですぐ行けないから二〇万円ほしい。」と連絡した。

2  控訴人は、同月一五日から同年九月七日まで伊藤整形外科医院に通院し、傷病名「外傷性頸部症候群(鞭打ち損傷、頸椎捻挫と同意義)・腰部椎間板損傷(腰椎捻挫と同意義)」、右頸部の腫脹、右手のしびれ、腰痛、右下肢痛が存在し、ラセーグ(+)、グラガード(+)、SLR(+)、ジヤクリンテスト(+)、スパーリンテスト(-)である等との診断を受け、レントゲン検査の結果においても「頸椎のアライメントの乱れ、第五・第六・第七頸椎の凹の変化、ずれ、第三・第四腰椎間の不安定性・椎間板狭少が存在する。」旨の診断を受けたこと、同医院は控訴人に対し、頸部・腰部をカラー・腰部用バンドでそれぞれ固定し、介達牽引、温熱療法、鍼治療等を行つたこと、控訴人は、昭和六〇年九月二日以降静岡県立総合病院整形外科に入通院し(入院期間は同月一〇日から同月三〇日まで)、傷病名「頸椎捻挫・腰椎捻挫」、頸椎はジヤクリンテスト(+)、スパーリンテスト両側(+)であり、過伸展・過側展により頸椎に神経痛を誘発し、項部痛、両手のしびれ、嘔気、腰痛等があるとの診断を受け、同病院は控訴人に対し、頸椎、腰部の牽引、湿布、鎮痛剤による治療を行つたこと、控訴人は、昭和六一年一月七日以降同病院神経内科にも通院し傷病名は「頸椎捻挫、頭痛」で、根気なく、いらいらあり、右上下肢の痛覚、触覚鈍麻、右深部腱反射のやや亢進ありとされたこと、控訴人は、昭和六一年七月二九日から同六三年五月二五日まで総合病院聖隷三方原病院精神科に通院し、傷病名「抑うつ状態」と、昭和六一年八月二六日から同六二年一月一七日まで同病院脳神経外科に通院し、傷病名の「頭部外傷・前頭葉機能障害」があるが、脳波、頭部CT検査に異常はないとの診断を受け、同病院は昭和六二年一月まで言語訓練等を行つたこと、控訴人はこの間、昭和六〇年一二月から同六三年一一月三〇日まで横井整形外科医院に通院し、傷病名「頸部・腰部捻挫、外傷性膝関節症等」、第五、第六、第七頸椎の圧痛があること等の診断を受け、同医院は理学療法、薬物療法等を行つて、症状が改善し、昭和六一年七月ころには就労(設計)の兆しがみえたが、すぐ頭ががんがんして抑うつ感が生じるとして治療を続け、昭和六二年九月ころまで、脊椎の運動障害があるとされたこと、控訴人は昭和六三年二月二六日から現在まで小池神経科に通院し、傷病名「頭部外傷後遺症」として治療を受けているが、身体のふらつきがあり、運動能力がスムーズでなく、全般的な精神機能低下があり、言語障害も認められて通常の会話に困難を来し、通常の社会生活はできない。そして、性格変化があり感情のコントロールが悪く、興奮し易く家族内の適応が困難である。家族内での単純な日常生活はできるが、時に応じて介護が必要であり、労働能力は不能であるとされている。

3  控訴人は昭和九年一二月一一日生れの男子であり、静岡大学工学部二年を中退し、同五五年から東亜ガス株式会社に勤務し、本件事故に遭遇するまで身体に異常がなく、両親、同胞に精神的な疾患を患つた者は居ない。現在は無職であり、家でボーとした生活をしている。

4  控訴人を一番最初に治療した伊藤力医師は、控訴人を治療した際、同人は頭痛を訴えていたが、頭を打つたとの訴えはなく、頸部痛と頸部腫脹、頭痛、時々めまい、両手のしびれ、特に右側のしびれ、腰痛と両下肢痛、特に右下肢痛があり、レントゲン検査により頸椎及び腰椎の不安定性のずれがあつたことを総合して外傷性によるものと判断した。その理由は、外傷性頸部症候群いわゆる鞭打ち症には大体四種類の型があり、控訴人の場合はバリオ・リオヒ症候群に該当する。これは血圧の低い者が頸椎の第五、第六第七を怪我したり、鞭打ち症になつたりすると、頸部低血圧症候群(両側の頭部の血流が大きく下がる)を来すため、めまい、頭痛、うつ状態、フラフラするという症状が出る。控訴人は、もともと血圧が九〇から六〇程度で低血圧であつたことと、頸に年齢的変化があつたため、外傷によつて頭部の血圧が下つて右のような症状を来したものである。このような患者の治療には鍼治療、マツサージが脳循環をよくするので奏効がある、証言する。

また、現在も控訴人の治療に当つている小池憲二医師は、三方原病院の診断や本人の診察、家族との面接結果からみて控訴人を頭部外傷後遺症と診断したものであるが、その理由は、CT等の検査で器質的な異常を認めないからといつても検査には限界があり、特に脳の奥の方にある微細な障害までも検査で発見することは不可能である。三方原病院の検査結果(IQ八〇、ロールシヤツハテストは全般的な知識低下を示唆する。)をも総合した結果、外傷性神経症でもなく、また詐病でもなく、外傷後の後遺症(脳の深部の間脳、中脳、脳底部に微細な障害がある。)と診断し、控訴人の症状は交通事故による可能性が一番高い、と証言している。

四  因果関係について判断する。

前述のとおり本件事故は軽微なものであるところ、一方、控訴人の症状は、運動機能障害、言語障害、更には前頭葉機能低下、抑うつ症等の広義の精神機能障害にまで及ぶきわめて重篤なものであり、本件事故の程度、態様と控訴人の右症状を対比して考えると、控訴人の右症状の発生には、同人が元来有していた素質が大きく寄与していると認めるほかない。しかしながら一方、前述の控訴人の事故直前の被害車内における姿勢、同人の発症や治療の経過、状況、治療に関与した医師等の各見解等を総合すると、その寄与度は微少であるとしても、本件事故と控訴人の受傷との間の因果関係の存在を否定することはできない。乙第一一号証、第一三号証、第一九号証、丙第一三号証中右認定に反する部分は、前掲甲第三〇号証の五ないし八、前掲証人伊藤力、同小池憲二の各証言に照らして採用できない。

なお、各寄与度による損害の負担については後述する(五10)。

五  損害について判断する。

1  治療費 一四万七九八〇円

いずれも成立に争いのない甲第三号証、第六号証の一ないし五、第一四号証の一ないし一三、第二三号証の一ないし四、第四四号証ないし第五四号証、第五五号証の一、二、第五六号証ないし第一二九号証、第二九四号証ないし第三〇五号証、弁論の全趣旨によれば、昭和六二年四月末日までの医療費(但し伊藤整形外科医院の治療費六一万七七六〇円を除く)は、一四万七九八〇円であることが認められる。

2  コルセツト代 一万六一〇〇円

成立に争いのない甲第五号証の一、二によればコルセツト代金は一万六一〇〇円であることが認められる。

3  入院雑費 二万一〇〇〇円

控訴人が昭和六〇年九月一〇日から同月三〇日まで入院したことは前記説示のとおりであり、この事実と弁論の全趣旨によれば、一日一〇〇〇円の入院雑費を要したことが認められるから、二一日分二万一〇〇〇円を認めるのが相当である。

4  通院等の交通費 三〇〇万円

前掲甲第三四号証の二、成立に争いのない甲第九号証の一ないし一四、第一三号証の一ないし二六、第一六号証の一、第一九号証の一ないし五、第一四九号証ないし第一七七号証、第三一七号証ないし第三二五号証、第三二七号証ないし第三三一号証、弁論の全趣旨、当審証人山下初子の証言によれば、昭和六二年四月末日までの間、控訴人が入通院、温泉治療等のため利用したタクシー代の合計は三三六万余円となつているところ、三〇〇万円を相当損害と認める。甲第一六号証の二、三、第一三〇号証ないし第一四八号証は弁論の全趣旨によれば、子の塾の往復及び妻初子が利用したものと認められるから、控訴人の損害として認めるのは相当でない。

5  家政婦代 三〇〇万円

前掲甲第三四号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一七号証の一ないし六、第一七八号証ないし第一九二号証、弁論の全趣旨によれば、昭和六二年四月末日までの家政婦代は五七八万五〇〇〇円が計上されていることが認められるところ、前記認定の諸事情に照らすと三〇〇万円が相当であると認められる。

6  控訴人は家庭教師代、長女の借室賃料及び雑費を請求するが、前二者は本件事故との相当因果関係を認め難いし、雑費についてはいかなる内容のものか主張が明らかでないから、いずれも損害として考慮しない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

7  逸失利益 五〇二七万八五二〇円

前掲甲第三四号証の二、成立に争いのない甲第四号証の一、二、第七号証、第二二号証の一ないし三、弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和五五年東亜ガス株式会社に入社し、本件事故当時は五〇歳であつたが、本件事故後の昭和六一年一月一五日に休職期間満了により勤務先を退職した。本件事故直前の右会社からの給与所得は月額二六万八〇〇〇円で、年二回の賞与は昭和六〇年度半期分は四五万円(年額九〇万円)であつたから、年収は四一一万六〇〇〇円となること、控訴人が五五歳で定年退職する場合には、少くとも昭和六〇年六月当時の基本給二三万円の四倍である九二万円の退職金を得られることになつていたのに、本件事故により中途退職したため、その退職金は三五万円を支給されたのみであること、控訴人は本件事故がなければ六七歳まで就労可能であつたことが推定されるから、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとして労働能力喪失期間一七年間の新ホフマン係数一二・〇七六九を乗じると、四九七〇万八五二〇円となり、これに得られた筈の右退職金五七万円を加えると五〇二七万八五二〇円となることが認められる。

8  慰謝料 八〇〇万円

前記説示の本件事故の態様、控訴人の本件事故により被つた傷害の部位程度、治療の内容、その他以上説示に現われた諸般の事情(なお、当審証人山下初子の証言と弁論の全趣旨により認められる控訴人が同和火災海上保険株式会社等から約二三〇万円の保険金を受領していることも勘案する。)勘案すると、控訴人が本件事故により被つた傷害及び後遺症に関する精神的苦痛を慰謝するには八〇〇万円が相当である。

9  車両破損による損害 二万円

前記説示の事実に、前掲証人河村成美の証言によると、本件被害車の損傷は前記認定のとおりフロントバンパーの軽微な変形にあるから、その修理に要する費用は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二四号証の一、二、第二五号証によると三万円が相当である。右認定に反する甲第二四号証の一、二、第二五号証、第二九号証、第三四号証の一、二、第二九二号証、第三三二号証、前掲山下初子の証言、前掲控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、右証拠に照らして採用できない。

10  本件事故の寄与度、控訴人の負担すべき損害 六四四万八三六〇円

損害の発生に複数の原因が寄与しているときには各寄与の程度に応じて損害賠償の責任を負担するのが、公平であり、過失相殺の法理の趣旨にもそうものである。

前述のとおり、控訴人の本件症状発症による損害の発生には、本件事故のほか、控訴人が元来有していた素質が素因として寄与したと認められるところ、その各寄与の程度について考えるに、前記認定の、本件事故の態様、程度、控訴人の症状の内容、治療の経緯、医師の諸見解、損害発生の状況等諸事情を総合すると、本件事故の前記損害の発生についての寄与度は一割と認めるのを相当とし、したがつて被控訴人の損害賠償責任も右損害の一割に限られる。

そして、1ないし9の損害は合計六四四八万三六〇〇円となるから、被控訴人の責任額は六四四万八三六〇円となる。

11  損害の填補 四二万八七八四円

(1)  被控訴人は、控訴人のため別表記載のとおり方法で同記載の金額を支払つたからこれを本件損害から控除すべきであると主張するが、同表中、伊藤整形外科及び弁護士に対する各支払分は、控訴人が本件訴訟において請求していないから、考慮の対象外であり、中央自動車及び浜松タクシーの各タクシー代はその多くは前記損害認定のタクシー代とは異るものであり、一部については同一会社のタクシー代であることは認められても控訴人が本件で請求認定した分と同一であることの主張・立証がないから、損害の填補として考慮しない。控訴人に支払をした合計四二万八七八四円は弁論の全趣旨によれば、被控訴人から控訴人に休業損害の填補として支払われたものであることが認められるから、同金額を本件損害賠償金から控除するのを相当と認める(なお、同和火災株式会社等から控訴人に支払われた保険金の控除については、控訴人からその主張もないし、損害から控除すべき性質の保険と認められない。但し慰謝料の算定に考慮した。)。

12  損害額の総計

以上によれば、被控訴人が本件事故により控訴人に支払うべき賠償額は、六〇一万九五七六円である。

六  よつて、控訴人の本訴請求は、六〇一万九五七六円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年七月二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であり、その余は理由がない。

七  以上のとおりであるから、以上の当裁判所の判断と結論を異にする原判決は取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九四条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田尾桃二 寺澤光子 市川賴明)

弁済表

〈省略〉

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